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原社長は1972年に東京大学工学部を卒業して、マサチューセッツ工科大学博士課程を修了した後、
同大学のポストドクトラルフェローを経て1987年に㈱リクルートの情報通信事業に携わっています。
リクルートではどのような仕事だったのでしょうか?

東大の工学部で学んだあとはMITで材料科学に進むなど、学生時代は理系一筋に来たのですが、ちょうどその頃、リクルートが私が興味を持っていた科学技術計算をビジネス化する、ということを知りまして、もともとは技術分野への興味から入社しました。
最初はスーパーコンピューターを使って技術計算サポートに携わらせて頂いたのですが、その後は技術営業、情報通信の中の国際通信部門の企画、新規事業開発など様々な仕事を転々としましたね(笑)
結局リクルートには20年間いたんですが、一番長かった仕事は「産学間の技術移転」の仕事ですね。ここで言う“技術移転”というのは、大学の研究成果を産業分野に移転するための試みで、1997年くらいから大学の実用化できそうな研究成果を特許にしてそれを産業界へ移転していこう、という流れが国の政策として動いていたんです。リクルートの中でもそれを民間企業としてやっていこう、という人間がいまして、いま彼は東大TLOの社長をやっているんですけれども、彼は文系の人間だったので技術系の人間が必要だ、ということで声をかけてもらって立ち上げから参加した形ですね。ですから、2007年にASMに移るまでの数年間はリクルートの仕事を通してスライドリング マテリアルの技術を見てきたわけです。

そのときに伊藤教授の研究と出逢ったのでしょうか?

そうですね、伊藤教授と初めて出会ったのは2000年の始めぐらいだったかと思います。
当時、東大側がまだ技術移転の部隊を立ち上げる途中だったので、その営業は東大のTLO(Technology Licensing Organization;技術移転機関)でCASTIという株式会社組織が窓口となってリクルートに委託していたんです。それで「材料系の技術があるので行ってくれない?」という話が私に回ってきましたので、そこでTLOの人間として伊藤先生にお会いしたのが最初でした。
最初、話を伺ったときに技術の開示が2つありました。そのうちの一つがスライドリング マテリアルだったんですが、これはもしかすると、特定の材料っていう範囲ではなくて、新しい分野を創るような可能性があるんじゃないかな、と。まだ何に使えるかはわからなかったんですが、これは可能性が非常に大きいかも知れない、というのが最初に話を聞いたときに直観的に感じたことでしたね。

2007年に代表取締役に就任した経緯を教えて下さい。

2000年から東大側のエージェントをやっていましたので、ASMが2005年に出来たときにはASMと対座する交渉相手だったんです。当初から色々話を聞いているなかで、まだ生まれたばかりの技術で応用予測がつかない部分はあったものの、とてつもなく大きく伸びる可能性がありそうだな、とずっと思い続けていたんです。ですから、2007年の5月ぐらいに伊藤先生から「来ませんか?」というお誘いを頂いたときは率直に嬉しかったですね。
 
当時、すでに日産自動車さんとのコーティングでの共同開発が始まっていたんですが、日産自動車で塗料のリーダー格を務めていた山中(現ASM取締役)がASMに転職してきており、コーティングについては日産自動車側も積極的でしたので、これは色々な分野に広がる可能性があるな、という直感もありました。
 
とはいえ、私自身の話になると、ベンチャーの社長っていうのは自分のこれまでの経歴にはない訳ですし、経営に携わる経験があった訳ではないので、やはりお受けして良いものかどうか正直迷いました。しかし、自分がどこまで出来るかわからなかった訳ですけれども、スライドリング マテリアルという技術が生まれた時から、自分が傍らにいたというのもご縁で、経営者としてこのような技術的ポテンシャルの高いベンチャーに携わることができることもひとつの機会なのかも知れない、それならば思い切って身を投じてみよう、と腹を決めました。

力を入れているスライドリング マテリアルの応用分野を教えて下さい。

立ちあげ当初は、スライドリング マテリアルが「生体材料」「医療系材料」に非常に向いているだろう、ということで、それを前面に出した計画がありました。ところが、この生体材料というのは時間がかかるうえに莫大なお金もかかるし、短期間でそう簡単に製品化できる訳ではないので、逆に、先にコーティングだとか一般工業材料として展開しようとして、現在のところはそちらのほうが先に進んでいる、という状況ですね。もちろん医療系での展開可能性自体は非常に大きいと考えています。立ちあげ当初には予測していなかったくらい、高分子としてのスライドリング マテリアルの応用分野は裾野が広いと実感しています。
 
ここ数年は塗料の分野を中心に進めてきましたが、耐傷性塗料といいまして、塗膜を柔らかくしなやかなにして傷がつきにくくするというのが特徴です。ベッドのスプリングをイメージしてもらうといいかも知れません。高いベッドってバネがありますよね?ベッドに腰かけると一部分だけへこんで、立ちあがると元に戻りますよね。耐傷性塗料は、分子の大きさでそれと同様の原理を持っています。
耐傷性塗料は他にもありますが、このスライドリング マテリアルを使うと、分子のスプリングのつながっているところが自由に滑ります。
その特徴によって、傷の回復性が速くなったりとか、耐候性が高くなったりとか、デリケートな振動を吸収してくれたりとか、使える温度が広くなったり、といった効果が期待できます。
 
最近は、新たに“柔らかい材料”としての応用に着目して、セルム エラストマーシリーズとして商品化しました。
“柔らかく、圧縮しても元の形に戻る、かつ広い周波数の振動を吸収する”という今までにない材料特性、ここに興味を持って頂くケースが増えており、そこにも商品展開への新しい可能性が広がっていると考えています。他にもアクチュエーター、これは簡単に言うとロボットを動かす筋肉みたいなものなのですが、それも我々の材料を使うと非常にユニークなアクチュエーターが生まれる可能性が見えてきています。そういう意味では我々がまだ見えていないアプリケーションというのはいっぱいあるはずなので、我々はその材料の特性をいっぱい引きだして、お客様とのコンタクトの中でアプリケーションの幅を広げている段階です。
ですから、現段階ではどの製品、どの応用分野、という形での限定はせずに、いろいろな企業の方に材料をご紹介して実用面からのフィードバックを受けながら、材料としての応用を広げていきたいと考えています。

既存材料とは異なる、スライドリング マテリアル独自の特徴は他にもありますか?

例えば、ポリエチレンなどといった既存の材料はあるひとつの物質を示すのに対し、高分子材料としてのスライドリング マテリアルの革新性は、それが“構造”の考え方である、というところです。構造である以上、バリエーションはほぼ無限に広がっているわけです。分子の紐を輪っかを通してつなぎ合わせて、さらにそこに三番目の別の分子の紐を加えられますが、それぞれの種類は限定されないと考えると、その組み合わせはものすごく広がります。コーティングで開発した応用も、あくまで無限にある組合せのうちのひとつである訳です。また、環境適合性もスライドリング マテリアルの重要な性質です。材料を構成する基本要素である輪っかと紐、これらはどちらも安全なもの、と言うことですね。特に輪っかのほうはブドウ糖がつながったものを使っていてその原料はでんぷんなんです。「シクロデキストリン」と言うんですが、それは飲料のヘルシアとか練りワサビといった一般的な食べ物にも入ってます。そういう意味では、安全で環境適合性が高い、生体に対して親和性が高いものも作ることができます。

実際にASMの技術を導入する流れを教えて下さい。

弊社は素材を売っている会社という位置づけです。例えば、塗料をお使いになりたいというエンドユーザー様には、塗料メーカー様をご紹介して、その塗料をご検討いただくということになります。エラストマーの場合も、弊社からは成形する前のエラストマーの生地をご提供することになります。スライドリング マテリアルを使った部品・部材がご希望の場合は、部材メーカー様をご紹介することになります。
2011年6月に入ってから、材料としての基本的なデータを揃えて、セルム エラストマーのサンプルのご案内を開始したところですので、ご興味があればまずはぜひWeb問い合わせやお電話でお問合せを頂ければと思います。
これまでは主に技術の研究開発に特化してきたこともありまして、学会の発表ですとか論文、解説で紹介されて認知されたことによるお問合せが多かったですが、最近はWeb経由でのお問合せも増えてきています。あとはプレスリリース、技術系マッチングイベント等を経由して知っていただくケースもあります。

触って頂いたときのお客様のご反応はどのようなものですか?

材料を広く扱ってこられた技術者・研究者の方に触ってもらうと、「これは今までにないね」とおっしゃいます。非常にやわらかく仕上げているのですが、みなさん「こんなにやわらかくて、元に戻る材料はみたことがない」といった反応をされますね。
 
例えば、従来のゴムとかですと、やわらかくすると、弱くなるんで、すぐにへたっちゃう。 例えば下着等のゴムをずっと引っ張り続けるとだんだん緩んでくると思いますが、それがほとんどないんですよね。

また、機械部品なんかですと、ずっと力が加わっているとだんだん緩んでくるんですけど、それが同じ力で緩まずに頑張ってくれるようになったり、やわらかい材料の場合は力を緩めたあと元に戻ってくれなかったりするんですが、スライドリング マテリアルを使うとほぼ元通りの形に戻ってくれる、等といった特徴を出せるわけです。このやわらかくしてもへたらないというのは、シリコンとかウレタンなどといった既存のやわらかい材料には出せないような画期的な特性です。
 
(材料サンプルを取り出し)これはかなりぐにょぐにょぐよっと潰しても、ほら、形がゆっくり元に戻りますね。どうですか?

粘土やホタテのようにやわらかいのに、形はくずれないですね!

ホタテですか?(笑)これがシートにしたものなんですけど、これが生八橋くらいかな。
ビヨーンと伸ばして、普通ここまで伸びてしまうと伸びきって長くなってしまうんですが、放すときちんと元に戻ってくれますよね?

ほんとうに伸びて戻りますね!

あと、このサンプルは色をつけているんですが、本来は透明なんですよね。ガラスやアクリル板とは同等くらいの透過率を出せる材料なのです。
今後、いろいろな企業様との情報交換を行う中で、どういうところにこのようなやわらかい材料のニーズがあるのか、それがわかってくると応用の幅は更に拡がると考えています。

中長期的な会社としての目標、ビジョンをお聞かせ下さい。

第一のビジョンは、まずはコーティング・エラストマーも含めた今ある材料系を事業として広く確立していくこと。
スライドリング マテリアルでなければできない用途で、出来るだけ広いお取引先で使って頂きたいと思っています。
その先にある第二のビジョンは、先ほどスライドリング マテリアルは分子の構造の考え方でバリエーションが広いと話しましたが、新たな性質を生みだすバリエーションを開発して、展開していくことです。
つまり、スライドリング マテリアルの技術を用いて、現在の材料系の用途を広げて行くこと、また、新たなバリエーションを増やしていくことによってこれまでにない性質を実現すること、このふたつのビジョンに基づいて産業界に新たなイノベーションをもたらすことを目指しています。

ASMの社会的なミッションについて教えて下さい。

スライドリング マテリアルという新しい材料の概念は、色々な分野で新しい価値をご提供できるポテンシャルがあります。
それを着実に、事業の成長を通して世の中に実現していくことが私達のミッションです。
 
世の中の材料の機能や特徴は色々あり、例えば電気に反応する材料とか強い材料、固い材料など色々な機能を持った材料があります。
そのような中で、この材料の特徴はとにかくやわらかくてしなやか、ということ。コーティングもやわらかく包むコーティングですし、今後展開していくエラストマーも非常に柔らかくて振動を間に入って緩衝してくれる材料です。
色々なものが固く出来ている中で、やわらかいという特性は、これからすごく大事になってくると思うんです。ひとの身体と接する部分もそうですし、機械と人が接する部分もそうだったりするし、音を抑えるっていう部分もそうですし、機械と機械の間に入ってやわらかくさばいてくれるとか、そこにはこれまでは誰も想像しなかったような新しい使い道が拓けてくる。そういう意味で、このやわらかい材料を使って頂くことで貢献できる部分は大きいと思います。

最後に、スライドリング マテリアル事業への想いを一言お願いします。

ご縁が合ってこの材料との出逢いがあったわけですが、私はこの材料が産業の未来に与えることが出来得る限りないポテンシャルに惚れ込み、その可能性を確信しています。
 
直近で注力していく分野は、自動車、ハイテク、電子機器などがメインになると思いますが、表に出やすいコーティングに対して、エストラマーは内側に入って何か支えている、という役割を果たす製品です。これらの材料がいずれ、いろんな分野で「ここに使われている」「あれもそうだ」という状態にしていきたいですね。そのために、ASMスタッフ一同、日々の仕事を通してお客様の商品課題の解決、および広く産業界の技術発展に貢献できるよう全力を尽くしていきたい、そう想っています。